『霊能者』の子孫だった。。。
夜、香典袋を送った従姉から、
電話がかかってきた。
重ねて法事に出席できない旨を詫びたのだが、
体調を案じてくれていたので、
京一。『実は香典袋を手に取った時に、
狭心症の様な症状が起きた。』
と言ったら、
従姉は声をひそめて、
従姉『母が呼んだのよ。
今、仏壇が前にあるから、
大事にしてくれた京ちゃんを呼ぶのは止めてねって、
お線香あげておく!』
と真面目な声で返事が来た。
いや実際、香典袋をつかんだ瞬間に胸が苦しくなった時、
『叔母さんが呼んだ?』
という考えが脳裏をよぎった。
もっとも感受性の鋭い京一。のこと、
香典袋がダメージを引き起こしたのかなと、
思いなおしたんだけどさ。
(→『香典袋』=『叔母さんの死の象徴』と言う感じで、
精神的にショックがフラッシュバック的な。)
さらに話を聞いてみると、
父の育ての母である祖母は、
実は『霊能者』だったという新事実を聞いた。
(→父と叔母の父親は早くに亡くなり(?)、
母親は子どもを捨てて家を出て再婚。
父方(?)の祖母が親代わりとなっていた。)
え゛?
そんな話は初めて聞いた。
私の母はあくまで父の妻だから、
父の親の話は良く知らなくて当然。
しかし、叔母さんは自分の育ての親のことだから、
娘である従姉によく話していたのだろう。
従姉『7メートルくらいある廊下を正座したまま、
すーっと浮かんで移動したんだって。』
ソ、ソレッテ。。。(゚▽゚;ノ)ノ
京一。自身何度も書いているように、
予知能力もどきがあるし、
シンクロニシティも書くのが面倒なので最近は書かないけど、
多分2日に一回くらい起きている。
阪神大震災も東日本大震災も、
予知的な行動をした。
お陰で被害が最小限で済んだし、
命よりも大切な愛娘。とエボすけを、
多分考えられる限り一番安全な場所へ、
連れていけた。
母方が、母も祖母も人魂を見たと言うし、
とても神経質なタイプなので、
母譲りだとばっかり思っていたけど、
父方もそう言う血筋だったのか。。。
どうりで人のこころの中の事について、
子どもの頃から辛い思いをしたり苦しんできた。
まだ小学校に上がる前から、
『物の言葉』がテレパシーのように聞こえてたし、
記事にもしたけど予知的なことも頻発してた。
未だに小さな予知は意識しなければ、
しょっちゅう起きている。
→意識すると外れちゃう。(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
そうか、
そういうことだったのか。。
続けて従姉に、
『京ちゃんはいつも明るくて元気なそぶりをしているけど、
もっと我儘でいいのよ。無理をしちゃダメ。』
とも言われた。
いつの頃からかな。
そう言う風に自分を改造したのは。
物凄く根暗でネガティブで奥手な自分を、
何とか作り上げていったんだよね。
だって、そのままじゃあまりに悲しすぎるし。
悲惨な子ども時代だったからって、
リアルじゃ誰にも言ったことはない。
お陰で『幸せいっぱいに育った人』的に見えるらしく、
いじめも受けたっけか。( ¨)遠い目
皆『自分が一番不幸』って思うし、
思いたがる。
もっともっと不幸な人がいることに気がつかないし、
気がつこうともしない。
それは自分がその不幸のせいで、
進化することができなかったいい訳ができるから。
努力しない理由付けができるからに他ならない。
そしてその結果、
幸せな人をうらやみ嫉妬し、
隙あらば引きずり降ろそうとする、
唾棄すべき人種になりさがるのだ。
隣の芝生は青く見える物。
何もしないで幸せは手にすることなんかできるもんか。
軽量特殊チタン製のモビルスーツだって、
着ていりゃその内に肌になじんでくるもの。
悲しい時だって無理して笑顔を作っていれば、
その内にこころだって上向きになるさ。
精神をおかしくする程の我慢は毒だけど、
我慢を我慢と思わないように、
思考の転換をすることが、
このストレスフルな世界を生き抜く知恵。
いつも笑顔を忘れない。
そう、
過ぎ去った時間は二度と戻らないのだから。
電話がかかってきた。
重ねて法事に出席できない旨を詫びたのだが、
体調を案じてくれていたので、
京一。『実は香典袋を手に取った時に、
狭心症の様な症状が起きた。』
と言ったら、
従姉は声をひそめて、
従姉『母が呼んだのよ。
今、仏壇が前にあるから、
大事にしてくれた京ちゃんを呼ぶのは止めてねって、
お線香あげておく!』
と真面目な声で返事が来た。
いや実際、香典袋をつかんだ瞬間に胸が苦しくなった時、
『叔母さんが呼んだ?』
という考えが脳裏をよぎった。
もっとも感受性の鋭い京一。のこと、
香典袋がダメージを引き起こしたのかなと、
思いなおしたんだけどさ。
(→『香典袋』=『叔母さんの死の象徴』と言う感じで、
精神的にショックがフラッシュバック的な。)
さらに話を聞いてみると、
父の育ての母である祖母は、
実は『霊能者』だったという新事実を聞いた。
(→父と叔母の父親は早くに亡くなり(?)、
母親は子どもを捨てて家を出て再婚。
父方(?)の祖母が親代わりとなっていた。)
え゛?
そんな話は初めて聞いた。
私の母はあくまで父の妻だから、
父の親の話は良く知らなくて当然。
しかし、叔母さんは自分の育ての親のことだから、
娘である従姉によく話していたのだろう。
従姉『7メートルくらいある廊下を正座したまま、
すーっと浮かんで移動したんだって。』
ソ、ソレッテ。。。(゚▽゚;ノ)ノ
京一。自身何度も書いているように、
予知能力もどきがあるし、
シンクロニシティも書くのが面倒なので最近は書かないけど、
多分2日に一回くらい起きている。
阪神大震災も東日本大震災も、
予知的な行動をした。
お陰で被害が最小限で済んだし、
命よりも大切な愛娘。とエボすけを、
多分考えられる限り一番安全な場所へ、
連れていけた。
母方が、母も祖母も人魂を見たと言うし、
とても神経質なタイプなので、
母譲りだとばっかり思っていたけど、
父方もそう言う血筋だったのか。。。
どうりで人のこころの中の事について、
子どもの頃から辛い思いをしたり苦しんできた。
まだ小学校に上がる前から、
『物の言葉』がテレパシーのように聞こえてたし、
記事にもしたけど予知的なことも頻発してた。
未だに小さな予知は意識しなければ、
しょっちゅう起きている。
→意識すると外れちゃう。(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
そうか、
そういうことだったのか。。
続けて従姉に、
『京ちゃんはいつも明るくて元気なそぶりをしているけど、
もっと我儘でいいのよ。無理をしちゃダメ。』
とも言われた。
いつの頃からかな。
そう言う風に自分を改造したのは。
物凄く根暗でネガティブで奥手な自分を、
何とか作り上げていったんだよね。
だって、そのままじゃあまりに悲しすぎるし。
悲惨な子ども時代だったからって、
リアルじゃ誰にも言ったことはない。
お陰で『幸せいっぱいに育った人』的に見えるらしく、
いじめも受けたっけか。( ¨)遠い目
皆『自分が一番不幸』って思うし、
思いたがる。
もっともっと不幸な人がいることに気がつかないし、
気がつこうともしない。
それは自分がその不幸のせいで、
進化することができなかったいい訳ができるから。
努力しない理由付けができるからに他ならない。
そしてその結果、
幸せな人をうらやみ嫉妬し、
隙あらば引きずり降ろそうとする、
唾棄すべき人種になりさがるのだ。
隣の芝生は青く見える物。
何もしないで幸せは手にすることなんかできるもんか。
軽量特殊チタン製のモビルスーツだって、
着ていりゃその内に肌になじんでくるもの。
悲しい時だって無理して笑顔を作っていれば、
その内にこころだって上向きになるさ。
精神をおかしくする程の我慢は毒だけど、
我慢を我慢と思わないように、
思考の転換をすることが、
このストレスフルな世界を生き抜く知恵。
いつも笑顔を忘れない。
そう、
過ぎ去った時間は二度と戻らないのだから。