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    Heart Place - はあとぷれいす -

    2度と来ない『今』を大切にしたいから、笑顔を忘れずに前を向いて歩いて行こう。

    気持ちの分析。

    ここずっと精神的に不安定だなと感じていた。

    特に視覚的に過敏になるのが京一。らしく、
    ここみたいに『光視症』が現れたことなども、
    自分の精神状態の判別に役立つ。
    →と言ってもこの時限りで、
    その後まだ再発していないが。

    子どもの頃、
    家庭が異常だった時などはもっとひどく、
    電信柱の根元に人がうずくまって見えたり、
    →単に黒いごみ袋が置いてあっただけ。苦笑。
    枕元にくしゃくしゃに置いた赤いTシャツが、
    髑髏そのものに見えたり。
    →これは何度見てもそう言う風に見える偶然の産物。
    思い出すだけで片手位だったが、
    そう言う記憶が40年以上経った今でも残っている程、
    自分には『幻視』『幻覚』と言うものが衝撃的だった。

    父の命日を迎える前日、
    夜の駐車場の車の陰から、
    黒い人影がさっと立ちあがった時には、
    『やっぱりこれは。。。』
    と自分の精神疲労を酷く感じた。
    だって、その人影、
    優に2mは超えてたんだもん。。(ll゚Д゚)怖ァ・・

    その日も早めに寝て、
    昨日はなんと22時には床に入った。

    朝方雨の降る音で4時半ごろ目覚めたが、
    都合10時間は寝ただろうか。
    →いつもの二日分以上だ。笑

    お陰で何か気持ちが落ち着いた気がする。

    ある管理人さんに違和感を感じていたのだけど、
    それがなぜなのかわからなかった。
    当人はとてもいい方で交流も物凄く多い。
    楽しく話題が盛り上がっていた。

    でもなんだろう。。
    なにかしっくりとしないものを感じていた。

    自分の『嫉妬心』からなのかなと、
    少し反省しつつも振り返ってみたけども、
    やっぱり違う。

    なにか秘めたるものがあるのを感じてしまうのだ。
    楽しそうな内面に隠された『ドロドロ感』を。

    それを暴きたくていらいらいするのか、
    打ち明けてくれなくて寂しいのか、
    そこに心持ち『嫉妬心』が振り混ざって、
    非常に自分の気持ちながらよくわからん。苦笑。

    過去に何度も書いた様に、
    中学の現国の時間、
    自分が考えていた作者の想いを、
    まったく180度も違う解釈を、
    のうのうと垂れていた教師に対し、
    押さえられない吐き気と不快感MAXで、
    授業が終わり次第教壇に駆け寄って、
    わーーーーーーっと自分の解釈を、
    当の教師に訴えたことがある。

    京一。『あ゛~~、さっぱりした♪』
    教師『よ、よかったね。(◎-◎;)』

    目を丸くしていた教師の顔がまだ忘れられない。
    →容姿が林修氏と似ているので混同しているが。笑

    つまり、
    自分の信念とは違う相手に対し、
    脳みそが身体の方に拒否反応を支持してしまうと言う、
    非常に厄介な人間なのだ。(T△T)

    なので『善処した方が当人の為だ』と思うと、
    無視することが後々の体調不良になるので、
    その場で当人に対してやんわりとアドバイスをする、対応する。
    という非常にボランティア活動をする羽目になるのだ。
    過去全て当人に感謝されるけども、
    こちとら金銭的には全く利益にはならず、
    逆にガソリン代とか時間とか手間とかを使う結果となる。

    しかし、よる年波だろうか。
    最近は敢えて苦言やアドバイスをすることに、
    躊躇するようになった。

    『その人が自分で苦労して獲得する事の大切さ。』

    そういうことに意識するようになったからだ。

    特に子どもが社会人になってからそう思うようになった。
    転ばぬ先の杖とばかりに、
    予防線を張ったり、整地をすることが、
    果たして当人の為になるのだろうかと。

    致命的な悲劇を避けることは、
    去年の青天の霹靂事件で何とか阻止できた。
    しかし、
    それ以外、全て360度、
    子どもの周りにシールドを貼ることは不可能だし、
    逆にそうでなければいけない程の脳なしを作ったつもりもない。

    アドバイスを求められた時にならば、
    全力でそれに応えようとは思うが、
    そうでなければ、
    当人が良しとするまま、
    当人の運命の流れに乗って航海するまま、
    何も手を出すこともないのではないかと。

    また、良く私が『類友』の話をしているように、
    『幸せな人』の周囲には『幸せな人』が集まるのだろう。

    不幸を知らない人に、
    不幸を説いても理解できないだろうし、
    お互い理解できない、してもらえない悲しさを味わうのみ。


    インターネットは、
    ほんの少しの所為で、
    様々な人とふれあうことができる魔法の輪。

    匿名が故に、
    誇示したり、虚勢を張ったり、
    嘘偽りも容易にできる。
    真実を書いているという保証もない。

    そしてまた、
    周囲も自身のフィルター越しに見ると、
    理想形にあてはめてしまう事が多い。
    ネットで交流して意気投合したものの、
    実際にあってみたら幻滅、
    と言うケースが多いのはそれ故なのかもしれない。

    気持ちが上向きの時は何も感じないのだけど、
    気持ちがとてもナーバスになっていると、
    そう言うことがとても感じられてしまう、
    鋭敏な感覚器官をもつ京一。
    それがここ最近の不調の表れなのだろうと思った。

    友達を増やすことが目的の人もいるだろう。
    自分の意思表示の場の人もいるだろう。
    アフェリエイトとして収入目的の人もいるだろう。
    単に日記としての記録の人もいるだろう。

    人の数だけ目的があると思うネット。


    何かおかしいなと思ったら、
    立ち止まって振り返る。

    それで今まで生きてきた。

    そして今の自分がある。


    私の様な思考回路の人間は、
    かなり『稀(マレ)』なのだと、
    リアルでは思い知らされている。

    ネットでも同じことなのだなと感じた。

     
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