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    Heart Place - はあとぷれいす -

    2度と来ない『今』を大切にしたいから、笑顔を忘れずに前を向いて歩いて行こう。

    幸福論。

    とても大きなテーマなので、
    ちょっと書ききれない感があるけど、
    今想った時に書けるだけ書いておこうと。

    * * * * * * * *

    世の中は、
    ・幸せな人
    ・幸せでない人
    に二分される。

    もちろん『主観』で。

    どん底貧乏でも当人は幸せいっぱいの人もいるし、
    何一つ不自由しない環境でもいつも満たされない人もいる。
    他者からは窺い知れないことだからだ。

    そしてこれはまた、
    ・幸せになりたかった人
    ・幸せになれなかった人
    と大きく関わる。

    そしてそれには、
    ・幸せになろうと努力した人
    ・幸せになろうと努力しない人
    と言うファクターが交差する。

    京一。はと見ると、
    マイナスから始まっての今があるので、
    ・不幸の谷底から見たら今は幸福。
    ・幸福の頂上から見たら足元にも及ばない。
    という微妙な立ち位置にあり、
    常に『幸福の価値観』が変動する。

    パートナーは、
    そこそこ幸福から始まって、
    そこそこ幸福な今があり、
    『不幸という概念』が多分ない。
    (→『主観』という前提がすでに崩れているが。笑)

    子どもたちもまた、
    パートナーと同上。

    私の血をかなり多く受け継いだと思われる、
    息子。は、結構用心深いと思っていたが、
    昨年の事件以来、
    『幸福論』が多分パートナーよりだと判明。

    つまりは、
    私以外はすべて『現状が幸せかどうか』などと言う、
    不毛な確認作業等に意識を及ばせる意味がない程、
    現状を受け止めていると言う事なのだろう。

    振り返って自分は、
    親に押しつぶされた時代を取り戻すべく、
    できる限りの家庭像を手探りでこねあげた結果、
    何とかそれらしいものを構築する出来栄えに、
    そこそこの幸福感を垣間見ている現在となる。

    しかし、ネットに入ってから気がついたのだが、
    ・幸福になりたいと願い頑張っている人
    ・幸福になりたいと願いつつ不幸に甘んじている人
    ・不幸自慢に浸ることの優越感を幸せと勘違いしている人
    ・幸不幸と言う事を意識しないで生きてきた人
    の存在を感じることが多くなった。

    ACのどろっどろのサイトはもううんざりした。
    恨みつらみばっかりの性格異常者か、
    医療関係者でなければ逆に悪影響を与えかねない、
    非常にデリケートな患者ばかりで、
    結局のところ匿名のネットでは限界があると分かったからだ。
    →いい加減なアドバイスをして消えてしまう無責任の輩が殆どだし、
    逆に責任あるアドバイスを数時間も無償でする行為に対して、
    様々な疑問が沸き起こってくる。

    人は誰でも自分のフィルターから外界を見ている。
    それを唯一補填するのが書物からの知識となる。
    ただ、昨今の書物は玉石混交状態で、
    却って悪影響を及ぼすものも普通に売られているので、
    性質(タチ)が悪い。

    そしてまた、
    我が家の子ども達のように、
    まったくAC等とは無縁の成育歴の人達もいる。

    10年、20年と、
    毎日死ぬことばかり考えて生きてきたような人とは、
    全く別世界で、
    日々、笑ったり泣いたりと人生を謳歌してきたのだろうと、
    他人の蒼い芝生を見ながら想像するのみだが。

    気持ちが落ち込んでいる時には
    そう言う人たちの輪は眩しくてまぶしくて、
    1km位遠くからそっと流れてくる花の様な香りを、
    どんな過去を送ってきた人にも分け隔てなく降り注ぐ、
    太陽の日の光の元で瞬時楽しむだけなのだろう。

    そうやって考えてみると、
    人は何を持って幸せと言えるのだろう。

    世界一の金持ちと言われる人たちの、
    不幸なスキャンダルは枚挙に暇がない。
    年間数十億稼ぐ世界の話なんかを聞くと、
    幸せですら金で手に入れることができる気がする庶民の京一。

    そしてまた、
    不幸に落ちた人達を踏みつけて、
    自分が幸せだと思いこむ愚行はしたくない。


    『幸福』、
    『不幸』。

    そのどちらも意識しなくて済む毎日を送れる。
    それが本当の幸せなのだろうね。

    そう考えると、
    自分は一生不幸で終わる気がしてならない。

     
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